酒呑み親父のよもやま噺

探求心旺盛な酒呑み親父の随想録

『俺はぜったい!プレスリー』吉幾三

【今日の一枚】
『俺はぜったい!プレスリー吉幾三
1977年11月25日リリース(クラウンレコード

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元々,「山岡英二」という名前で歌手デビューし,アイドル歌手として売り出したが成功しなかったため,「吉幾三」と名前を改めてのフーストシングルである。
作詞・作曲とも「吉幾三」自身が手がけ,「オリコンチャート」週間25位を記録するヒット曲となった。

この曲がリリースされた翌年には,本作をベースとした映画が「俺は田舎のプレスリー」のタイトルで公開されている。

高校生の頃のヒット曲である。
初めてこの曲を聴いたときの印象は,必ずしも良いものではなかった。
吉幾三」という名前といい歌詞の内容といい,完璧な「コミックソング」で,またこういった路線の「一発屋」だと思ったのである。

エルヴィス・プレスリー」が亡くなった時期とも重なった(重ねた?)ので印象に残る一曲となった。

まさか,手元にこのレコードが残っているとは思わなかった。
全く記憶からは消滅してしまっているが,当時どこかで購入したに違いない。
案外,好きだったのかも知れない。

 

『姫鏡台』ガロ

【今日の一枚】
『姫鏡台』ガロ
1974年3月15日リリース(コロムビア

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「ガロ」の8枚目のシングルである。
「ガロ」は,「堀内護(愛称MARK)」,「日高富明(愛称TOMMY)」,「大野真澄(愛称VOCAL)」 の3人グループとしてデビューし,1972年から1973年にかけて,3枚目のシングル『学生街の喫茶店』,5枚目のシングル『君の誕生日』,『ロマンス』と立て続けにヒットを飛ばし一世を風靡した。

中学生の頃のヒット曲である。
少しずつ「ガロ」の人気に翳りが出始めた頃の曲で,これまでのようにヒットはしなかったのだが,『学生街の喫茶店』や『君の誕生日』と同じで,作詞を「山上路夫」が,作曲を「すぎやまこういち」が担当している。

同じ年にヒットした『赤ちょうちん』や『精霊流し』などとくらべると,少々歌詞に具体的な物語性が感じられないことは残念であるが,「ガロ」の代表曲の中に数えられる一曲と言うことに間違いはない。

 

『アンコ椿は恋の花』都はるみ

【今日の一枚】
アンコ椿は恋の花都はるみ
1964年10月5日リリース(日本コロムビア

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都はるみ」の3枚目のシングルである。
都はるみ」にとって初めてのヒット曲であり,ミリオンセラーとなった曲である。
この曲で「第6回日本レコード大賞」の新人賞を受賞した。

小学校に上がる前のヒット曲である。
この曲を初めて聴いたのは,小学生の時であった。

「はるみ節」と呼ばれる,うなり声のような力強いこぶし回しや,波打つような深いビブラートが独特で,音楽の授業で習った歌い方とは全く違った。

音楽の時間の唱歌で,こんな歌い方をしたら即座に叱られるだろうが,何故か歌詞が心に染みてくる。

こんな歌い方もありなのかと,小学生ながら度肝を抜かれたという思い出の一曲である。

単純なメロディーを,ここまで盛り上げる「歌唱力」ということについては,「都はるみ」の右に出る者はいない。
よく似た歌い方をする歌手はいるが,所詮「都はるみ」の二番煎じである。

レコードを直接買ったという記憶がないのだが,何故か手元には残っている。
おそらく,父か母が買っていたものが混ざったものだと思われる。

数ある「都はるみ」の曲の中でも,個人的にはこの曲が一番好きである。

『街の灯り』堺正章

【今日の一枚】
『街の灯り』堺正章
1973年6月25日リリース(日本コロムビア

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堺正章」の8枚目のシングルである。
1973年の「第24回NHK紅白歌合戦」では本楽曲が歌唱された。
また,同年に行われた「第15回日本レコード大賞」では,「作曲賞」を受賞している。

TBS系テレビドラマ「時間ですよ」の挿入歌としても使用され,デビューシングルの『さらば恋人』とともに,「堺正章」の代表曲となっている。

中学生の頃のヒット曲である。
下町の銭湯を舞台にしたホームドラマ「時間ですよ」は,毎週観ていた。

主演の「森光子」をはじめ,「堺正章」や「悠木千帆(後の「樹木希林」)」らが出演しており,「天地真理」や「浅田美代子」の出世作にもなったドラマである。

女湯の女性エキストラ達による「セミヌード」シーンにはドキドキしたものである。

今でもこの曲を聴くと,番組の終盤に,屋根の上で「浅田美代子」と共に,『街の灯り』や『赤い風船』を歌うシーンが鮮明に蘇ってくるのである。

 

『Rain』N.S.P

【今日の一枚】
『Rain』N.S.P
1981年4月5日リリース(キャニオンレコード)

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N.S.P」の20枚目のシングルである。
N.S.P」は,1973年に「第5回ヤマハポピュラーソングコンテスト」に於いて『あせ』で「ニッポン放送賞」を受賞し,同年6月『さようなら』でデビューした「叙情派フォーク」を代表するグループである。

2005年7月,リーダーの「天野滋」が療養中の病院にて脳内出血で死去したことで実質的には解散となった。

大学生の頃のスマッシュヒット曲である。
時期的には,私の「21歳の時の記念すべき別れ」の頃とリンクしている。
淡々と語りかけるようなメロディーに乗る歌詞の内容が当時の心情ともリンクし,何度も繰り返し聴いた一曲である。

N.S.P」がデビューしたのは,私が中学生の頃である。
1973年から2005年に「天野滋」が亡くなるまでの約30年間,新曲がリリースされるごとに聞き続けたという,付き合いの長いグループの一つである。

N.S.P」の中期から後期にかけてリリースされた曲の中では,この曲が一番印象に残ってる。

 

 

『喝采』ちあきなおみ

【今日の一枚】
喝采ちあきなおみ
1972年9月10日リリース(日本コロムビア

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ちあきなおみ」の13枚目のシングルである。
この曲で,1972年の「第14回日本レコード大賞」の大賞を受賞した。

発売されてから3ヶ月でのレコード大賞受賞は史上最短記録である。
売り上げの累計は130万枚を記録している。

中学生の頃のヒット曲である。
中学生の私には,何故この歌の題名が『喝采』というのかが疑問だったという記憶が残っている。

ちあきなおみ」自身の実体験を元にして作られた「私小説歌謡」として売り出されたこの曲は,彼女がデビュー前から兄の様に慕っていた若手役者が鴨方町岡山県)(現在の浅口市鴨方町)に住んでおり,亡くなったという話を詞にしたということだった。

鴨方町と言えば,私の生まれ育った町に隣接したような場所だったので,ものすごく身近に感じながら聴くことができたのである。

もちろん,その頃は既に,山陽本線には「動き始めた汽車に飛び乗れる」ような車両は走ってはいなかったが,歌詞に描かれた風景についての想像力は掻き立てられた。

後に,「コロッケ」の物真似によって取り上げられ,今でも知る人の多い一曲となっている。
歌謡史に残る名曲の一つだと言っても過言ではないだろう。

 

『池上線』西島三重子

【今日の一枚】
『池上線』西島三重子
1976年4月25日リリース(ワーナーパイオニア

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「西島三重子」の2枚目のシングルである。
1975年9月にリリースされた西島のファーストアルバム「風車」収録曲で,人気が出てきたのでシングル盤としてカットされた。

東急池上線を舞台に,別れる男女の悲哀を女性の視点から歌い,車内や駅の様子,踏切や商店街のある沿線風景など,当時の昭和の情景も織り交ぜた歌詞となっている。
「電車の隙間風に震える」とか「駅を降りた角のフルーツショップ」などがそうである。

この曲は有線放送などを通じて長い時間をかけてじわじわとヒットした。
そのため「西島三重子」本人にすら「ヒットしたという意識はない」まま,後世の人々にフォークソングの「懐メロ」として親しまれていったのである。

1970年代のフォークソング名曲集などにも収録され,何人もの有名歌手がカバー曲を発表し「昭和の名曲」として歌い継がれていった一曲と言えよう。

個人的には,「池上線」自体に縁もゆかりもないが,今でもこの曲を聴くと,大学生の頃によく利用した「阪急電車」沿線が思い出されて胸が締め付けられるのである。

 

『兄弟船』鳥羽一郎

【今日の一枚】
『兄弟船』鳥羽一郎
1982年8月25日リリース(日本クラウン

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鳥羽一郎」のデビューシングルであり,代表曲でもある。
「海の男」をテーマにした歌で,海で戦う漁師の兄弟の熱い思いがつづられた楽曲である。累計売上はミリオンセラーを記録している。

この曲で,1985年末の「第36回NHK紅白歌合戦」に念願の初出場を果たし,その後も紅白歌合戦では『兄弟船』を合計7回歌唱披露している。

大学生の頃のヒット曲である。
当時,貨物列車の車両を利用したカラオケボックスが少しづつ見られるようになっていた。
アルコールを飲みながら,順番にステージで歌う「カラオケパブ」もできはじめた頃である。

カラオケに行くたびに,必ず歌った曲のひとつがこの『兄弟船』だった。
こういう熱唱系の演歌は案外歌いやすいのだ。『みちのくひとり旅』とともに,私のカラオケ史を飾る名曲の一つであり,印象に残る一曲となっている。

最近カラオケに行っていないが,この曲を聴くと,やはり当時の血が騒ぐのである。

 

『雨のバラード』湯原昌幸

【今日の一枚】
『雨のバラード』湯原昌幸
1971年4月10日リリース(テイチクレコード)

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湯原昌幸」の2枚目のシングルである。
シングル発売から5か月経過後の9月に,オリコンチャートベスト10位以内にランクインし,1971年10月18日に1位(3週連続)を獲得した。

オリコン上でのシングル売上数は累計120万枚を記録し,「湯原昌幸」の最大のヒット曲となった。

小学生の頃のヒット曲である。
初めて聴いたときに,これはよい曲だなと思ったという記憶がある。

グループサウンズの流れを感じさせるようなリズムのよいメロディーに,どちらかと言えば割とあっさりとした別れの場面を歌った歌詞が乗る。
小学生の頃の私にとって口遊むには最高の曲だったのだと思う。

このレコードが,なぜ私の手元にあるのかという経緯は記憶から消えている。
もしかすると当時父か母が買ってきたレコードがそのまま私の手元に残ったのかも知れない。

 

『弟よ』内藤やす子

【今日の一枚】
『弟よ』内藤やす子
1975年11月1日リリース(日本コロムビア

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内藤やす子」のデビュー・シングルである。
累計売上は,65万枚を記録する大ヒット曲となった。

中学生の頃のヒット曲である。
歌詞やメロディーには,これと言って思い入れはなかったのだが,ハスキーな声の女性歌手が当時まだ珍しかったのでとても印象的な一曲として記憶に残っている。

懐かしかったので,久しぶりにレコードをかけてみた。
当時は「ニューミュージック」の雰囲気で聴いていた曲であるにもかかわらず,今聴いたら完全に「演歌」のジャンルに属するのではないかと思われるような曲だと感じた。

時の流れの中で,音楽を聴く「耳」が,変化してきたのかも知れない。