酒呑み親父のよもやま噺

探求心旺盛な酒呑み親父の随想録

昭和

ばくだん

「ばくだん」という名前は文字通り,形が爆弾に似ているところから来ているらしい。 岡山県新見市の鍾乳洞「満奇洞」周辺の売店が元祖で,岡山県以外では販売されていなかった氷菓だということを後に知った。 私が子どもの頃(昭和40年代)は,今のように氷…

焼却炉

小学校や中学校の運動場の片すみに焼却炉があった。 清掃時間になると,係の生徒が教室のゴミをゴミ箱ごと焼却炉の前に運んで行く。焼却炉担当の先生が焼却炉の前で待ち受けていて,ゴミ箱のゴミを焼却炉の中に投入し燃やしてくれた。 一度に大量のゴミを燃…

銭湯

幼稚園の年長組の頃から小学1年生までの約1年間を風呂のない実家で生活した。 正確に言えばその家に風呂がなかったのではなく,わが家が移り住む随分前から風呂が壊れていて使用できなかったと言うのが正しい。 この約1年間を,家族で風呂屋に通った。 元も…

百科事典

子どものころ,家庭にはステイタスシンボルのように「百科事典」があった。 時は高度経済成長の真っ只中。戦争中の貧困の時代に青春期を過ごした親の世代が,豊富に氾濫しはじめた「物」への憧れか,子どもたちに精神的にも自分たちの時とは違う豊かな生活を…

郵便番号

郵便処理の自動化にともなって郵便番号が導入されたのは,私が小学校の頃だったと記憶している。導入当時当初,郵便番号は3桁だった。 郵便番号が導入される前は,葉書や封書には宛先の「住所」と「氏名」のみを書いていた。住所は「都道府県」から書くもの…

夙忍法「飯綱落とし」

夙忍法「飯綱落とし」 忍法夙流「変移抜刀霞み切り」に並ぶカムイの必殺技である。 白土三平の劇画「カムイ外伝」の中で,カムイが編み出した忍術の一つである。 空中で敵の胴体を背後から抱きかかえて拘束し逆さまに落下する。地面にたたきつけられるその直…

忍法夙流「変移抜刀霞切り」

忍法夙流「変移抜刀霞切り」 夙忍法「飯綱落とし」に並ぶカムイの必殺技である。 白土三平の劇画「カムイ外伝」の中で,カムイが編み出した忍術の一つである。 小刀を背後にさし相手に見えないようにして立ち,左右どちらから抜刀するか敵に悟られぬよう両腕…

理科準備室

小学校の頃,理科室の隣に「理科準備室」という一室があって,そこにはたくさんのホルマリン漬けの標本が置かれていた。 犬や猫の屍体をそのままの形で漬けた壜もあったし,中には神経だけとか血管だけとかの組織のみが漬けられた壜もあって,部屋の中はさな…

置き薬

薬局・薬店が普及していなかった時代,薬といえば「置き薬」だった。 子どもの頃私の住む町には薬屋はあったが,置き薬もあった。薬屋と置き薬が併用されていた時代だと思う。 カバンいっぱいの薬を持ったおじさんが定期的にやって来て薬箱の中身を確認し,…

野良犬

昭和40年代までだろうか,町や河原には野良犬や野良猫が棲息していた。 今のように衛生環境が良い時代ではなかったので,野良犬にとっては容易に餌となる食料を確保することが可能だったのだろう。 時折「犬捕り」と呼ばれる業者の車が来て野良犬狩りをして…

解剖

小学生の頃,理科の時間に「鮒の解剖」があった。子供たちが捕まえてきた鮒にクロロホルムを嗅がせて,昏睡状態になったところを解剖するのである。 先生が30㎝ほどの鮒にクロロホルムを嗅がせたのだが麻酔が効かなかったので,鮒を流し台に正面から叩きつけ…

2B弾

「2B弾」は,火を点けてしばらくすると大きな破裂音を発する花火系のおもちゃである。なぜ「2B弾」というような,玩具とも思えない名前が付いたのかその由来は知らない。 昭和の高度経済成長期を生き抜いた男の子であれば一度は手にしたことのある,火薬…

遊園地

百貨店の屋上に「遊園地」と呼ばれる遊技施設が設置されていた時代があった。 子供たちにとって百貨店に買い物に行くということは一大イベントであった。普段は着ることのない「よそ行きの服」というものがあってそれを着せられて買い物に行った。 買い物が…

講堂

昭和40年代までだったろうか,学校には「講堂」という建造物があった。 今のように各小学校に体育館がある時代ではなかった。 戦争が終わるまでは,ここに「奉安殿」があって,天皇陛下の「御真影」と「教育勅語」が安置されていて,折に触れて儀式が行われ…

五右衛門風呂

「五右衛門風呂」という鉄でできた釜風呂があった。 あの大泥棒石川五右衛門が釜茹での刑にされたところから名前が付けられたようだ。風呂を沸かすのはわが家では曽祖母の仕事だった。 家中のゴミ箱を風呂の焚き口に集めて焚き付けにした。風呂に入る時には…

ギョウ虫検査

小学生のころ「ギョウ虫検査」というものがあった。 「天使」が後ろ向きにしゃがんだ絵に懐かしさを感じ,青いフィルムの使い方を思い出すことができるならその世代である。 子どもの頃,曾祖母は自分が作る菜園の野菜に,肥料として「糞尿」をかけていた。…

鉄人28号

「鉄人28号」という子ども向けの漫画があった。 鉄人は,第二次世界対戦中に大日本帝国陸軍によって開発された最終兵器であるということを知っている人は少ないかも知れない。 「戦艦大和」や「零式艦上戦闘機」とともに作られた戦争のための兵器だったので…

プラモデル

おもちゃ屋の大半をプラモデルが占めていた時代があった。 男の子はプラモデルがうずたかく積み上げられた玩具屋に入り浸っていた。プラモデルといっても,今のようなロボットものやアニメのキャラクターものは皆無だった。 そのジャンルは太平洋戦争で活躍…

サーカス

言いつけを守らないことがあると父は「サーカスに連れて帰ってもらうぞ」と言って子どもを叱った。 「サーカス」がどのようなものなのか分からなかったが,言いつけを守らないとどこかに捨てられてしまいそうな言い方が怖くて背筋がゾッとしたものだ。 私の…

備中神楽

神楽を観るのが好きだった。 私が育った地域には「備中神楽」という神楽があって「天岩戸開き」や「大蛇退治」「国譲り」などの神代神楽が演じられた。 子どもたちに一番人気だったのは「国譲り」の演目だった。この演目の中で,大国主命がお菓子を撒いてく…

百葉箱

小学校の運動場の隅の芝生の上に「百葉箱」という高床式の小さな倉庫のような施設があった。 担任の先生が「百葉箱」の回りにクラスの生徒を集めて中を見せてくれたことがあった。小学校の3年生の時の理科の授業だったと思う。 それまで,あの倉庫のような…

肥後守

現在のような「鉛筆削り」が普及する以前の話…。 鉛筆削りといえば「肥後守」と呼ばれる折りたたみ式の小刀だった。 小学生の頃,いつもその小刀を使って上手に鉛筆を削ってくれていた祖母に習って鉛筆を削る練習をしたがなかなかうまくはいかなかったという…

洋式トイレ

洋式トイレを初めて目にしたのは,小学校の修学旅行で泊まった旅館だったと記憶している。 田舎育ちと言うこともあって,同級生の誰しもがその時初めて洋式トイレを目にしたのである。初めて見たときの衝撃には凄いものがあった。 今までのトイレの概念をは…

サンスター アーム筆入れ

「象が踏んでもこわれない」のキャッチコピーで大ヒットした「サンスターアーム筆入れ」というプラスチック製の筆箱があった。 象が踏んでもこわれないのなら小学校の校舎の3階から落としても大丈夫だろうと囃し立てられて挑戦したところ筆入れが割れてしま…

遊星仮面

「名を名乗れ」という要求に対して「人呼んで遊星仮面」と答える。思えばすごいやり取りである。 「名を名乗れ」という言い方も言い方だが,それへの答え方が痛快ではないか。「人呼んで…」とは「人が私のことを呼ぶことには…」という意味だから,全く自分か…

車掌

バスが今のような「ワンマンカー」になる前,バスの昇降口には車掌がいた。 乗る際行き先を告げると,その停留所までの切符を切ってくれた。降りたい停留所が近づくと,車掌に手を上げて合図をする。次の停留所で止まれという合図がブザーで運転手に届けられ…

チャンバラごっこ

手ごろな棒をゆっくりと回転させて「眠狂四郎」になりきることができた。風呂敷で覆面をして「鞍馬天狗」になりきることができた。 子供たちが「チャンバラごっこ」に興じる姿を見かけなくなって久しい。時代劇が流行らなくなったという状況も原因の一つでは…

電話ボックス

昭和40年代,電話ボックスは現在のように全面が透明なものではなかった。 「かぐや姫」というフォークグループに「赤ちょうちん」という曲がある。70年代「四畳半フォーク」の名曲である。 その歌詞の中に, 貴方と別れた雨の夜 公衆電話の箱の中 膝を抱え…

帰って来たヨッパライ

初めて買ってもらったレコードが「帰って来たヨッパライ」だった。 小学校1年生の時である。 天国が「良い所」であるという根拠を「酒は美味いしねえちゃんは綺麗だ…」と茶化した小気味良さが分かる年齢ではなかったが,アップテンポの軽快なリズムに乗せら…

銀玉鉄砲

「銀玉鉄砲」が男の子の遊びには必須のアイテムだった。 玩具のサングラスを掛け,風呂敷をマントにして「銀玉鉄砲」を構えると「月光仮面」になりきることができた。 腰に提げれば「ワイアットアープ」にもなれた。本当は二丁拳銃が夢だったのだが,その夢…